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2012.12.03 Monday

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2012.12.03 Monday

201211291512。


先日、11/29 15:12。
新しい家族がこの世に生まれてくれました。

***
今回は、予定帝王切開ということで、事前にリフレッシュ休暇を申請し、
万全の態勢で立ち合いに向かう予定でした。

ただその前の週、仕事の都合で名古屋出張が急きょ入り、
前日まで休暇が取れるかどうか、わからない状態でした。
そんな中、上司に何とか仕事の都合をつけてもらい、
予定通りの日程で休みを取れることになりました。
名古屋から直接滋賀に入り、入院前の奥さんに会うことができました。

12/27。
絢楓をお義母さんに預かってもらい、何年かぶりに奥さんと湖岸をドライブ。
結婚する前を思い出す。ちょっとセンチになっている奥さんがいた。

12/28。入院。
奥さんは昨日より少し落ち着いた様子。
帝王切開の為、前後絶食のほうに気がいっているよう。
ただ待つ時間を持て余していたので、何てことない話をして過ごす。

12/29。出産当日。
14時の手術開始までの間も、奥さんはリラックスしている様子。
担当になった、看護学校の生徒達もまじえて雑談。和やか。
14時ジャスト。手術室に呼ばれる。個室を出て手術室へ。
手術室の前で、緊張してきたと奥さん。頑張ってと伝える。

お義母さんに連絡し、絢楓とお義母さんと合流。
絢楓は呑気に遊んでほしいとせがんでくる。まぁしょうがないか。

1時間から1時間半と聞いていたので、
1時間過ぎたあたりからそわそわしてくる。
前回もそうだが、手術中の様子は全く外には伝えられない。
何も言われないのは、言うべきことが起きていないからだとは
分かっていても、何か不安な気持ちになる。

15:23。機械に入れられて、赤ちゃんだけ登場。
これは絢楓の時もそうだった。奥さんの様子を聞くと、
はじめ麻酔が効かずに、眠くなる麻酔に切り替えたとのこと。

絢楓は赤ちゃんを見て第一声。「ちっちゃい。」なんて真っ直ぐな意見。
身長は45cm、体重は2712g。腕も足も、体も細く。
確かに、絢楓より一回り小さいサイズだった。

体重を測ろうとしたら、大きく泣いてなかなか測れなかった。
お腹の中でもすごく動いてたから、活発な女の子なのかと。

だっこすると、絢楓を抱きなれているせいか、
重さを感じないくらいに軽く感じた。
手足の指がすらっと長く、目はずっと閉じたまま。泣いていた。
絢楓はすぐに目を開けて、かなりおとなしくしていたの思い出した。
顔の輪郭は真ん丸で、絢楓と同じ真っ赤な顔をしていた。
か細い線が、か弱さを一層引き立てていた。
不思議と、ずっと見ていられると感じたのは、絢楓の時と同じだった。

赤ちゃんともいったん別れ、
またここから1時間以上待たされる。奥さんが帰ってこない。
この時も、特に連絡はない。不安が募る。

病室に奥さんが戻ってくる。麻酔のせいで頭がくらくらしているらしい。
手術はものすごい痛さだったそうだ。切られているのがよくわかったらしい。
よく頑張ったねと声をかける。

赤ちゃんとの対面に同席させてもらう。
そのシーンは絢楓の時と全く同じに見えた。
「小さいねぇ」「絢楓と同じところにしわがある」そんな短い会話をする。

待ちつかれて寝てしまった絢楓を起こし、一緒に家に帰る。
***

今回は、夫としてつわりの時期も、出産の時期も、
何もしてあげられなかったと、そんなやるせない気持ちでいました。

ただ、奥さんとも話をしていて、
つわりの時期も、絢楓のことを思って実家に行ったわけだし、
新しい家族が生まれる瞬間を、家族全員で迎えられたという事の大きさに
あぁ、これでよかったなと思うようになりました。

ただ、父親としての責任は今までの倍。
この数日間だけで、子供1人と子供2人の違いと難しさを痛感し、
やっていけるのか、という不安があるのも事実です。
ただ、親が気負いするのは子供たちの為にもならないとも思うし、
姉対妹と比較するのではなく、対一人、対二人として見てあげることが
一番大事なことだろうと感じています。

名前は、「翠月」と書いて、「みつき」と読みます。
奥さんが翡翠という言葉から「翠」という文字を選んでくれました。
漢字の意味は、「よごれのない青緑色」。翡翠色という色もあります。
翡翠はカワセミとも読み、きれいな水辺に生息する鳥の名前でもあります。
鮮やかな青色はまさに宝石のようです。
月は秋の季語。名前としての響きも考慮して、私が選びました。

絢楓の時は、華やかな赤をイメージして選んだので、
今回は、清楚な青をイメージして選びました。
まぁ、二人がどのような女性になるかはわかりませんが。
今の願いは、二人が仲良く元気に育ってくれれば、それ以上何も望みません。

年明けに、家族3人が神奈川に戻ってきます。
きっとそこからが本当の意味での家族になっていく時間です。
大変なことも多いと思いますが、夫婦力を合わせて乗り越えていきます。

改めて、我が家の一員として、元気に生まれてきてくれた翠月に感謝。
そして、家族のために長い間、いろんな頑張りを見せてくれた奥さんに、
本当に感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。ありがとう。

2012.06.24 Sunday

家族が増えるということ。


久しぶりの更新が、報告になってしまいますが、
写真のとおり、現在、2人目の子供を授かることができました。

現在、第15週と3日目。もうすぐ5ヵ月です。
手も足もしっかり見えてます。写真はちょっと前のなので、
今はもう少し大きくなっています。

そろそろ2人目、という話をし始めたのは、結構前から。
2011年11月頃から、奥さんが婦人科に通って、サプリを飲んだり、
ちゃんと体温を測ったり、検査薬でタイミングを図ったりしていました。

そんな中でも、原発の放射能問題について、
今子供を作ること自体どうなんだろうと、ずっと何度も話し合ってきました。
子供に障害が出る確率が上がるのではないか。
生まれてきても、その子が健康に生きていける環境を作ってあげられるのか。

3月。絢楓や家族のために、出来得る限りの放射能対策をしてくれていた奥さん。
少し疲れが見えていたので、GWの帰省を利用して、絢楓とそのまま少し滋賀に残って、
心も体もリフレッシュしておいで、とちょうどそんな話をしていました。
GWに帰る前にできたら一番いいタイミングだね、なんて話していました。

4/14。
絢楓の時は奥さんだけで実施した妊娠検査薬。今度は私もいるときにということで土曜に。

まぁ、これが最後ってわけではなかったですが、
滋賀帰省がいつまで続くかわからない状態なので、内心はドキドキしていました。

奥さんは、数日前からあるいろんな体の兆候に対して、
でもこれは想像妊娠かもしれないし、と、いろんなことに一喜一憂。
ちょっと不安定な感じに見えました。

検査薬を持って部屋を出る奥さんを見送ります。
ただ、出来ていなかったときのガッカリ感だけは出してはいけないと、
可能な限り平穏なふりをしていました。

結果。そこにはしっかりとラインが浮かび上がっていました。

二人で派手に喜ぶ、という感じではなく、
良かったね、と、喜びをしっかりと噛み締める感じでした。

今。この子が私たちのところに来てくれた意味。

***
2人目なので、生まれた後の流れはなんとなくわかっていますが、
どうなっていくのかは、やっぱり不安です。

絢楓は生まれてくるころは3才。
お姉ちゃんになってしばらくは大変だ、という話はよく聞きますし。

ただ、いろいろな問題も含め、家族で乗り越えていかなくてはいけない。
それを土台から支え、家族を幸せに導くこと、
それが私のミッションであることに変わりはありません。

その過程で、他のことでは感じることができないくらい、
幸せな時間があることを、絢楓が教えてくれました。
だから、きっと乗り越えていける。そう思います。

まずは元気な子供が生まれてきてくれることを祈ります。

2011.08.08 Monday

親友について、思うこと。

こちらのブログは、最近は思いをつらつら書くようになってしまい、
更新頻度は、かなり低くなっていますね。

日ごろは、こちらを更新しがちですので、そちらもよろしく。


育児日記は、絢楓の成長を日々感じるので、自ずと更新するし、
twitterは、何せ文章が短い分、更新のハードルが低いので
そちらで事足りることが多いですし。
なので、こちらには、長文系が多くなってますが、それもご愛嬌ということで。

***
最近、といっても少し前なのですが、
高校の友人の結婚式に招かれ、滋賀に帰省する機会がありました。

いつもの高校のツレ5人のうち、これで3人が結婚し、
もう1人も9月に結婚予定。自分たちの歳を感じます。

久しぶりに顔を合わせて、久しぶりの会話からすぐにいつもの調子になりました。
パーソナルな部分を、すべて分かってくれている。これが友人の素晴らしさです。

披露宴も終わり、2次会ということで、4人で飲み屋に行くことに。
電話をすると、新郎の友人も来てくれるとのことで、みんなで待ちました。

全員集合した後で、いつものようにカラオケに。
高校の友達とは、大学時代、ものすごい数カラオケに行っては、
完全燃焼で歌い尽くしていました。私の結婚式の後も、みんなで歌いにいったくらい。
※私は忘れていたのですが、
 そのときに私は、Xの「I'LL KILL YOU」という歌を歌ったらしいです。
 それを聴いて、自分で爆笑してしまいました。

しかし、今回は少し違いました。
座敷タイプのカラオケボックスに、みんなで座り、
近況もそこそこ、昔話に花を咲かせました。それが、ものすごい楽しかった。

そこで、私は反省したんです。

友達のいいところは、
「どれだけ離れていたり、時間を置いていても、瞬間的に"あの頃"に戻れること」
だと思っていました。

状況的に、大学卒業後、一人だけ上京することになり、
その段階で、高校やバイトの友達とは、距離を置かざるをえなくなりました。
一人だけ離れていく自分に、そう言い聞かせていたのかもしれません。

事実、職場では新しい友人が増え、
故郷の友人を思うことは、少なくなりました。

それどころか、同じプロジェクトで働いている間は、
とても仲良くしていても、プロジェクトが別になると、
途端にそっけなくなる、というか、興味がなくなる、というか。
今のコミュニティーを楽しめれば、それでいい、と考えるようになっていきました。
元来、持久力のない方ですので。

でも、先日の集まりで、痛感しました。
確かに、どれだけ久しぶりでも、なんの違和感もなく輪の中に入っていける。
これは素晴らしいことだけど、
それができるのは、あれだけ楽しかった時間を、有意義な時間を共有してきたから。
それは、ものすごい財産で、かけがえのないものだと。

最近、家族ができたり、子供の成長を見たりするからでしょうか。
同じ時間を、しかもとても濃密な時間を、一緒に共有すること。
その大事さ、意味を考えるようになったからかもしれません。

高校の奴らと、大汗かいてX JAPANを熱唱した時間、
丸一日フェリーに乗って、舞鶴から小樽にフェリーで過ごした我儘な時間。

バイトのあり方にについて、自動販売機の光だけで朝まで話した時間、
0時のレジ閉め終わった後、朝まで歌って疲れ切った時間。

休みも正月もなく、朝から晩まで一緒に仕事した時間、
AM3時に仕事が終わってから、みんなでもつ鍋食いにいった時間。

そんな、かけがえのない時間を共有した親友、友人たちを、
もっと大切にしないといけないと、強く感じたわけでした。


そもそも、友達が多いほうではないし、自分自身、万人受けするタイプでもないので、
残っているのは、親友と呼べる10人程度です。

巷に広まっているtwitterやSNSを使って、
人と人との繋がりを大事にしていきたい、と思ったわけです。


家族も同じ。当たり前に、横にいてくれる存在だからこそ、
その存在の大きさに、いつも感謝していこうと思うわけです。

2011.04.29 Friday

いつぶりだろうか。

 久しぶりすぎて、何から書けばいいのかわからないほど、お久しぶりです。

今日は、新人歓迎の飲み会に、とある理由で呼ばれて、
久しぶりに2次会も最後まで参加して、今帰宅。
もう誰も読んでないであろうこのブログを、
ふっと書こうと思ったのです。

***
4月も終わろうとしていますが、今年で社会人10年目になりました。
10年ってすごいですね。歳も31になり、奥さんも子供もできました。

仕事はというと、1年3ヶ月ほど、同じプロジェクトの保守開発をしており、
それなりに仕事はありながら、日々を過ごしています。

プロジェクトのメンバーとは、もう長い付き合いの人が多く、
みんなの良いところも、悪いところも知っていて、
私的には、何不自由なく、やりたいようにやれている、というところです。

メンバーとしては、年齢は下から3番目と、層が上の方が多いですが、
それぞれ尊敬できる人ばかりなので、刺激になります。

自分より若手のメンバーはというと、10年目にして忘れかけている
一生懸命さやチャレンジする姿勢を見せていて、
うれしくもあり、自分は何している?と思うこともあります。

---
今日の新人歓迎会は、事業部配属がなされた新人さんに対し、
5年目までくらいの若手中心に、自分の部門にいい人材を勧誘するために、
開かれたものでした。

そこに、ぽつんと10年目の私が呼ばれていた理由。

今日の1次会終わりに、幹事の子が言ってきました。
人選するのにあたり、ばらばらに、いろんな人に誰がいいか聞いたら、
みんなが私を誘うといいと言ったとのこと。
※あいつでも誘っといたら、的な感じかもしれませんが。

その理由は、
つい数年前まで言っていた「この部では、俺の代までが若手だから」という言葉を、
みんなが覚えていたそうなのです。

なんか、ちょっとうれしく感じました。

常駐して3年以上、結婚してからは、ほとんど飲み会に参加してないのに、
まだ声を掛けてもらえるんだなぁと、感慨深い思いでした。

+++
1次会は、急遽で参加した大先輩と、会の終わりぐらいに席が一緒になって、
いろんな話をしました。実はその方と、しっかり話をしたことはなかったのですが。

その方は、だいぶ酔っ払っていて、上機嫌にはなっていましたが、
昔から、私のことは認めてくれているそうで、
ただ、この2,3年は、いまいちダメだ、と。もっとやれるはずだ、と言われました。

なんか、そんなこと言われるのは、久しぶりで、
ちょうど3年くらい前、大型新規開発案件にアサインされて、
無我夢中で走っているときに、上司から言われた一撃に、近いものを感じました。

それでまた、少しうれしい気持ちになりました。

///
その方と、新人さん何人かで、私が話したことは、
1年目のこだわりについてでした。

私は1年目、心に決めてやっていたことが2つあって、
ひとつは、朝早く出社すること。もうひとつは、外線電話に出ること。

仕事の面で、存在価値を出せない新人にとって、
自分がやれることを、如何に精一杯やれるか、
何かテーマを掲げて、それに対して徹底できるか、それが勝負だと思っていました。

結果、朝誰よりも早く出社して、大体2番目にくる上司の方には、
その姿勢だけで評価していただき、仕事も飲み会も、いっぱい誘っていただきました。

電話についても、当時話したこともない上司から、
「いつも電話出てくれている子だね」と、声を掛けてもらえたりしました。

その話をすると、私のことを、いまいちと言ってくれた大先輩は大きくうなずき、
こんな話をしてくれました。

3年目までに、仕事を精一杯やって、「できる奴」と思われたなら、
むこう10年間は、「できる奴」と周りからは思われるもんだ、と。
だから、若いうちは、がむしゃらに頑張れ、と。

なるほど、と思いました。
あまり話をしたことがない大先輩が、自分を認めてくれていたのは、
若手だった自分の頑張りを、見ていてくれたのかな、と思いました。

そして、今10年目---

...
夢中で、そんな話をしていたら、1次会が終了。
忘れていた携帯を見ると、奥さんから先に寝るとの連絡が来ていました。

いつものように、楽しんできてね、という内容。
いつもならすぐに帰って、感謝の気持ちを伝えるところですが、
今日は、なんか気分が良かったので、2次会にも行くことにしました。

2次会は、大先輩方は帰宅され、ほとんどが5年目未満、半分は新人さんでした。

どうやら、部門紹介でのプレゼンが、他の部門よりインパクトがなかったようで、
うちの部門は、あまり人気がない様子でした。

なので、うちの部門の良さを、自分なりに話してみました。

確かに、有名なお客様はいないけれど、自分を成長させるための要素は、
そのチャンスは、どの部門よりもあるのだ、と。

新規開発で、先輩方も走りながら進んでいるところに、ぽいっと投げ込まれて、
走り回るだけの1年目を過ごすより、
小さくても、開発工程を短いサイクルでこなせる、保守開発の方が、
全体を見れる力もつくし、ゆっくり振り返って自分の力にできる、と。

特定の顧客に依存する部門は、その顧客のエキスパートにはなれるかも知れないけれど、
いろんなお客様と接する機会のあるうちの部は、
いい意味で、他社と比較したりすることで、最適を提案できるエンジニアになれる、と。

常駐が多いのは、はじめは寂しいかも知れないけれど、
プロジェクトメンバーやお客様と仲良くなるにはとても良いし、
お客様が業務をしている隣で、見たり聞いたりすることで、
お客様と話ができる、相談に乗れる、解決策を提案できるようになれる、と。

そんな話を、1/3くらい冗談を交えながら話してみました。

すると、横にいた2年目の後輩の方が、心に響いたらしく、
その話を聴いて、本当にそうだと思いました、と言ってくれました。

;;;
会の最後、閉めの言葉を頼まれて、
冗談と、皆さんへの期待を言葉にしながら、1本締めをして、
最寄り駅を通り過ぎ、今日朝自転車を止めた2駅先で降りて、
自転車に乗って、今帰ってきました。

計4時間半。お酒いっさい飲まず、ウーロン茶のみ。
最後には、2年目に「永遠の若手、Rashさんです!」と紹介されて、
面白おかしく1本締めをしているこんな自分も、悪くないかなーと思った一日でした。

新人、若手、大先輩。いろんな人の話を聴きました。
そして、今年10年目の自分。

若手のころの頑張りは、もう期限切れ。
更なるステップアップへのスタートは、もう切られているのだから。

$$$

そして、今日も笑顔で飲み会に行かせてくれた奥さんに感謝。
あなたのおかげで、この10年目も、毎日頑張っていけそうです。

そして、この子の笑顔のためにも。

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2010.09.27 Monday

くだらない。

久々に、くだらない飲み会だった。
飲み会自体久しぶりだったけど、行かなければ良かった。
幹事には申し訳ないけど。

自分の勝手な都合で、プロジェクトを去る人の送別会。
送る気にもならない。

何かを成し遂げたなら、話は別だが。
途中。中途半端。
もはや、逃げに等しい。
それでいいのか。そんなもんか、今の仕事って。

次何やるか決まってもないのに、
別の場所にいってどうなる?
そのスタンスのまま行って、成長できるのか?

いなくなった分、穴埋めをする奴とか、
計画を見直す奴がいるのがわからないか?
課題山積みで出ていく君に。

まぁ、次の仕事がどうしてもやりたいなら、
それはそれでありさ。
是非、次の仕事で、性根から叩き直されて、
大成することを、セツに祈る。


あと、人を悪く言うことでしか、
笑いが取れない下らない奴等が多すぎる。
どっちかっていうと、つまらなかったのはこっちが理由。

そればかりになると、笑えない。
不愉快。自分のことでも、そうでなくても。

しかも、そのほとんどが今は一緒に戦ってない奴等。
ばからしい。面白く、のっかる気さえしない。
俺に構うな、触るなと思っていても、
酔った勢いでイジッてくる。すべる。最悪。

今のプロジェクトにいる間は、
大人しく不参加でいた方が、自分のためだと悟った。
飲み会が楽しかった、昔が懐かしい。
2010.08.19 Thursday

両親からの手紙。

Image372.jpg

両親から手紙が来た。

***
まずは父からのメール。
今年も甲子園に行ったらしく、素敵な写真が付いていた。

父の友人が、あちらの世界に旅立ったと書いてあった。

滋賀に帰ると、朝決まった時刻に、
父の携帯メール受信音が鳴っていたのを思い出した。
相手は、いつもその方だった。

遠く離れた子供さんと、Skypeでテレビ電話している、という話を父にし、
滋賀と川崎を月1回つなぐきっかけをくれた方でもあった。

メールには、無常を感じる、と書いてあった。
仕事の忙しさもあってか。とても悲しい気持ちになった。
お会いしたこともなかったけれど。少し泣きそうになった。

ブログについての感想が書いていた。
表現がうまくなったと書いてあった。父に褒められた記憶はあまりない。
少しうれしく思った。

***
今日、家に帰ると、母から手紙が届いていた。

最近、母のメールはもっぱら奥さん宛で、
返事もしない私宛には、こうして奥さんとの連名で葉書が届くくらい。
それはそれで、いいんじゃないかなと思っている。

そこには、ライブに行く私と、甲子園に行く父を例に、
男の人は、いくつになっても友達と連れだって、青春に戻れるのだ、と書いていた。
確かにそうだと思った。

私の方は、いつも同じ、と皮肉っていた。母らしいと思った。
滋賀に帰ると、話の半分は仕事の話。
なんやかんやいいながら、仕事を頑張っている母は、
昔と変わらない、力強さを感じて、いつも頼もしく思っている。

***
子供を授かって、自分の両親について、考えることがある。

自分のことや、姉のこと、いろいろ思い出して考えていくと、
しっかりと育てていただいたのだなぁ、という感謝に行き着く。

嫌なことや、面倒と思ったこともあったけれど。
人間としての基本的な部分を、
言葉で、または背中で教えていただいたのだと、改めて感じている。

なので私は、両親のことを見習って、子育てしたいと思う。

もちろん、時代が変わって、スタイルやアプローチは変わったとしても、
"変わらない部分"を、同じようにしたいと思っている。
それが、絢楓のためになる、と信じている。

***
無性に、両親と家族で津留に帰りたくなった。
暑い夏。
2010.08.16 Monday

この距離。

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今年もX JAPANのライブに行ってきました。
日産スタジアム、2days。再会の夜、真夏の夜。
今年で3年連続。

いやぁ、すごかった。
特に2日目は、ステージまで30m。
演奏してる姿も、肉眼でしっかり見えました。

新し目の曲、"I.V.""Jade"そして"Born To Be Free"も、
ライブでのれる歌で、
6万5千人が一体と化すのは、驚嘆、そして爽快。

ただやっぱり盛り上がるのは、
"紅"と"X"が群を抜いてます。
TAIJIの参加で、"X"はより盛り上がった感じ。

今回は、PATAとSUGIZO、2日目はHEATHも加わった、
ギター&ベースソロがめっちゃカッコよかったです。
途中で"Love Replica"のメロディーを
挟むあたりが、嬉しいところ。

おかげで、今日は仕事になりません。
朝から余韻に浸っております。

いつもスペシャルなチケットと取ってくれる雄大と、
嫌な顔ひとつせず行かせてくれた奥さんに感謝。
2010.03.21 Sunday

仕事と家庭の近況。

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ご無沙汰しております。

先月22日、2年間ほど開発していたシステムがリリースとなりました。
伸びに伸びた末の2月。何回お客様ともめたことか。

考えてみれば、プロジェクトに入った時は新婚数ヶ月目で、
今は、子供に恵まれ、早4ヶ月を迎えようとしているのだから、
その長さにびっくりします。

リリース後はというと、障害も多発した時期もありましたが、
私の課金チームはというと、大きな品質問題もないままに、今を迎えています。
ただ、初回請求となる月末月初は、かなりキツい日々でした。
久しぶりに終電がなくなってタクシーにも乗りましたし、
ホテルにも2回ほど泊まって、夜通し作業してました。
その初回請求を、なんとか乗り越え、今はまた、ちょっと平穏な日々。

かと思えば、そうでもなく。
リリース後のプロジェクトリーダーをやってほしいと言われ、
開発フェーズの不満もあり、お客様との関係も良くなく、
何より、私の納得する理由を一つも言ってこない上層部に対し、
それを拒否したのは、数ヶ月前。
「やりたくない人にやらせることはない」と言われて、
別の方がリーダーを勤めることになったのですが。

結局、プロジェクト全体が回らない、ということで、
課金リーダーもやりながら、プロジェクト管理もやりつつ、
4月からは、新たに別の2チームも見ろ、と言われている始末。
これなら、あの時プロジェクトリーダーだけやると言った方がよかったのかも。
まぁ今は、現場のみんなが楽しく楽に回るやり方を、一生懸命構築するのみです。

最近は、上司やメンバーと飲みにも行かなくなりました。
まぁ、言っても私はウーロン茶しか飲みませんが。
昔に比べて、愛社精神が薄れ、帰属意識が薄れ、尊敬できる上司は少なく、
そんな自分を、よく感じます。
4月から9年目、自分が思う上司像がはっきりしている分、
そことのギャップを感じてしまうのでしょうか。

そんな中、家の中は平和そのもの。
奥さんも絢楓も、元気に過ごしています。
奥さんは、少し育児疲れが出てきているのか、まだ体力が回復していないのもあり、
週末は、ちょっとげっそりしています。疲れるのも当然だと思います。

二人で話し合って、土日のどちらか、奥さんが一人で好きなことをする時間を
作ろうということにしました。
今もちょうど、美容院とてもみんに行っている所。
リフレッシュできればいいんですが。

最近、奥さんは料理に凝っていて、
干ししいたけと鰹節とをフードプロセッサーで粉々にして、塩と混ぜて減塩しおを作ったり、
鰹だしや酒などを混ぜた減塩醤油を作ったり、お手製ドレッシングを作ったり、
毎日、ヘルシークッキングの本やサイトをみて勉強しているようです。
あの熱心さには感心します。

最近、よくヘルシースウィーツを作ってくれるのですが、
このスウィーツだけは、ちょっとばかし問題が。
こないだ出た玉ねぎのジャムを載せた、片栗粉で作ったプリン的なものは、
匂いが玉ねぎで、ちょっと食べるのに苦労しました。(本人にも言いました)
でも、翌日にはバナナのジャムに変えて、再チャレンジしたようで。
こちらはおいしくいただけました。
スウィーツだけでなく、料理もいろいろ頑張ってくれていて、
しかも本当においしいです。ありがたい限りです。感謝感謝です。

ここ1ヶ月くらい、土日には私も台所に立って料理をしています。
今日も餃子の皮を自分で作りました。二人で料理の話するのは、結構楽しいです。

絢楓はというと。
こないだ3ヶ月検診の予防注射が終わり、今のところ風邪も引かず、健康そのものです。
最近、よく二人で出かけるんですが、街を見ても、
父親と赤ちゃんの二人だけで歩いている人ってあまりいないもんですね。
絢楓は、いつも静かにしているか、寝ているかどちらかで、
本当に手のかからない方の子なんだと思います。

一時期、もうはち切れんばかりにパンパんだった顔ですが、
最近、少しやせてきたようで、昔の可愛さを取り戻しつつあります。
手足がよく動き、そろそろ寝返りを打ちそうな感じです。
握力もだいぶ付いてきて、服や指をしっかり握ってきます。
ご機嫌なときは、よく一人でしゃべっています。表情も豊かになった気がします。
何か言葉を発そうとしているとわかるくらい、単音ではなくぺちゃくちゃ言ってます。

ここに来て、前以上に親バカモードに入りそうです。
でもまぁ、今の時期くらいいいですよね。それだけ可愛く感じるんですから。
よだれが出てても、可愛くみえますよw
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